2026年2月23日月曜日

アップデートに振り回される日々

通知もなく、前触れもなく。
ある日突然、順位が動く。
アクセスが減る。
理由ははっきりしない。

また来たのか、とため息をつく。

検索エンジンのアップデートは、
もはや日常の一部だ。
中心にいるのは Google。
その方針ひとつで、景色が変わる。

昨日まで正しかったことが、
今日は弱くなる。
評価されていたページが、
静かに後ろへ下がっていく。

原因を探す。
構成か。
内部リンクか。
被リンクか。
それとも全体の評価か。

答えは、いつも明確ではない。
だからこそ不安になる。

アップデートに振り回される日々は、
数字に心を揺らされる日々でもある。

けれど、少し視点を変えると、
見えるものも変わる。

アップデートは「攻撃」ではなく、
検索体験を良くするための調整だ。
長期的には、質の高いものが残りやすい方向へ進んでいる。

だからこそ、
短期の順位だけで一喜一憂しすぎないこと。

目先の変動よりも、
サイト全体の価値を積み上げること。

それができていれば、
一時的に下がっても、
また評価される可能性はある。

アップデートに振り回される日々の中で、
本当に問われているのは、
どこを見て運営しているのか、という姿勢なのかもしれない。

数字を追うのか。
読者を見るのか。

揺れるのは仕方ない。
でも、軸まで揺らす必要はない。

グーグルに嫌われたら終わりなのか

サイト運営をしていると、
どうしても頭をよぎる不安がある。

「もしグーグルに嫌われたら?」

アップデートのたびに順位が揺れ、
アクセスが減ると、
まるで評価そのものを否定されたような気持ちになる。

たしかに、検索エンジンの中心にいるのは
Googleだ。
その影響力は大きい。
無視できる存在ではない。

けれど、本当に「終わり」なのだろうか。

まず前提として、
多くの場合は「嫌われた」のではなく、
基準が変わっただけだ。

検索は常に改善されている。
より良い結果を出そうと調整が続いている。
その波に合わなくなっただけ、ということも多い。

そして、仮に大きく順位を落としたとしても、
道は一つではない。

SNSもある。
直接流入もある。
コミュニティもある。

検索は強力な入口だが、
それがすべてではない。

そもそも、
評価軸を一社に預けきってしまうこと自体が、
リスクでもある。

大切なのは、
「検索に評価されること」よりも、
「読者に価値を感じてもらえること」。

もし後者ができているなら、
時間はかかっても、形を変えて戻ってくる。

グーグルに嫌われたら終わりか。

いいえ。
終わるのは、
検索だけにすべてを預けていた戦略かもしれない。

続けるかどうかを決めるのは、
アルゴリズムではなく、自分だ。

検索流入だけに依存する危険性

検索からのアクセスは強い。
安定していて、意図も明確で、成約にもつながりやすい。

だからこそ、多くのサイトが検索流入を軸に設計されている。

けれど、その一本足打法にはリスクがある。

アルゴリズムが変われば、順位は動く。
アップデート一つで、
昨日までの安定が崩れることもある。

自分では何も変えていないのに、
アクセスだけが減っていく。
その感覚は、思っている以上に消耗する。

検索流入は「借りている流れ」だ。
プラットフォームの上に成り立っている。

だからこそ、
検索以外の接点を持つことが大切になる。

SNS。
メールマガジン。
ブックマーク。
直接アクセス。

「また来たい」と思ってもらえる導線。
検索を介さなくてもつながれる関係。

それがあるだけで、
精神的な安定はまるで違う。

検索流入は重要だ。
否定する必要はない。

でも、それだけに依存すると、
コントロールできないものに振り回される。

理想は、検索を入口にしながら、
検索に縛られない状態を作ること。

流入を集めることよりも、
関係を築くこと。

その視点を持てるかどうかで、
長く続くかどうかが変わってくる。

AI時代のSEOはどう変わるのか

AIが文章を書くようになった。
要約も、構成も、下書きも、あっという間にできる。
検索結果にもAIの回答が表示されるようになり、
「クリックされない未来」がささやかれている。

では、AI時代のSEOはどう変わるのだろうか。

まず一つは、量の価値が下がること。
記事を大量に作ること自体は、
以前ほど武器にならない。
AIが同じことをもっと速くできるからだ。

その代わりに問われるのは、
「なぜその記事が存在するのか」という理由。

体験があるか。
独自の視点があるか。
一次情報が含まれているか。

AIが一般論を整理できるなら、
人間には具体性が求められる。
曖昧なまとめでは、埋もれてしまう。

もう一つは、信頼の重みが増すこと。
誰が書いているのか。
どんな立場で語っているのか。
継続して発信しているか。

情報があふれるほど、
「この人だから読む」という軸が強くなる。

そして、検索そのものも変わっていく。
キーワードの一致だけではなく、
文脈や意図を深く理解する方向へ進む。

つまり、テクニックよりも本質が問われる。
ごまかしは、ますます効きにくくなる。

AI時代のSEOは、
小手先の最適化競争ではなく、
価値の積み上げ競争に近づいていく。

速さはAIが担う。
深さは人が担う。

もしそうだとしたら、
AIは敵ではなく、
問いを鋭くする存在なのかもしれない。

これからのSEOは、
「検索に合わせる技術」から、
「信頼を育てる営み」へ。

静かに、しかし確実に、
形を変え始めている。

SEOはもうオワコンなのか?

「SEOはもう終わった」
そんな言葉を、何度も聞いてきた。
アルゴリズムの変化。
SNSの台頭。
動画やAIの進化。

たしかに、昔と同じやり方は通用しなくなった。
キーワードを詰め込むだけの記事。
量産された薄いコンテンツ。
そういうものは、確実に淘汰されている。

でも、それは「終わった」のだろうか。
それとも「変わった」のだろうか。

人は今も検索する。
わからないことがあれば、調べる。
悩みがあれば、答えを探す。

その行動が消えない限り、
検索という入口も消えない。

ただ、求められる質が上がった。
ごまかしが効かなくなった。
本当に役に立つものが、より評価されやすくなった。

もしそれを「厳しくなった」と感じるなら、
確かに楽な時代ではない。

でも、
本気で向き合う人にとっては、
むしろ健全になったとも言える。

SEOは魔法ではない。
裏技でもない。

読者の疑問に答え、
価値を積み重ね、
信頼を築いていく。

その作業を続けることを、
私たちはSEOと呼んでいるだけかもしれない。

だから、SEOはオワコンかと聞かれたら、
たぶんこう答える。

楽して勝てる時代は終わった。
でも、真面目に続ける道は、まだ終わっていない。

SEOは積み重ねでしか勝てない

SEOに近道はあるのだろうか。
そう思って、
何度も「裏ワザ」を探したことがある。

一気に順位を上げる方法。
短期間でアクセスを爆発させる方法。

たしかに、
一瞬だけ跳ねることはある。
でも、長く続くものは少ない。

結局残るのは、
地道な積み重ねだった。

一記事ずつ書く。
構成を整える。
内部リンクをつなぐ。
古い記事をリライトする。

派手さはない。
劇的な変化もない。

それでも、
少しずつ土台は厚くなる。

検索エンジンは、
サイト全体を見ている。
一つの記事だけでなく、
積み上げてきた履歴を見ている。

誠実に更新しているか。
放置していないか。
価値を増やしているか。

それは一日では作れない。

SEOは、短距離走ではなく、
長い長い持久戦だ。

焦って走りすぎれば、
途中で息が切れる。

ゆっくりでも、
止まらないほうが強い。

勝つというより、
残るという感覚に近い。

SEOは積み重ねでしか勝てない。
そしてその積み重ねは、
今日の一記事から始まっている。

検索意図を考えるという作業

キーワードを見る。
その言葉だけを見れば、
ただの文字の並びだ。

でも、その裏には人がいる。
時間があり、
状況があり、
感情がある。

検索意図を考えるというのは、
その背景を想像する作業だ。

なぜ、その言葉を打ち込んだのか。
今、どんな状態なのか。
急いでいるのか。
迷っているのか。
それとも、ただ興味を持っただけなのか。

同じキーワードでも、
人によって求めている答えは違う。

簡潔な結論が欲しい人。
じっくり解説を読みたい人。
体験談を探している人。
比較情報が欲しい人。

検索意図を考えるとは、
自分の言いたいことを並べる前に、
相手の知りたいことを先に置くことだ。

それは、少し立ち止まる作業でもある。

書きたいことはたくさんある。
でも、それは今本当に必要な情報だろうか。
順番は合っているだろうか。

検索意図を外すと、
どれだけ丁寧に書いても、
どこかズレてしまう。

逆に、
検索意図にぴたりと合えば、
派手な言い回しがなくても、
ちゃんと届く。

SEOのテクニックというより、
これは想像力の話だと思う。

画面の向こうで、
どんな気持ちの人が読んでいるのか。

検索意図を考えるという作業は、
見えない相手と向き合う、
静かな対話なのかもしれない。