ブログを書いていると、たまに思うことがあります。
この文章は、ちゃんと誰かに見つけてもらえるのだろうか。
書いた。
公開した。
少し整えた。
タイトルも考えた。
見出しも入れた。
それなのに、検索結果の海の中では、まだ自分の記事は小さな小石のように沈んでいる気がします。
インデックスされたい。
この言葉だけを見ると、少し機械的です。
検索エンジンに登録されること。
ページが認識されること。
ネットの大きな地図の中に、自分の記事の場所が置かれること。
でも、ブログを書いている側からすると、そこには少しだけ感情があります。
せっかく書いたのだから、存在に気づいてほしい。
それは、派手に読まれたいというより、まずはここにあると認められたい気持ちに近いのかもしれません。
記事を書いて、すぐに検索されるわけではありません。
昨日書いた記事が、今日もう誰かの役に立つ。
そんな都合のいいことばかりではありません。
検索エンジンにも順番があり、巡回があり、判断があり、時間があります。
人間の都合ではなく、ネットの流れの中で、静かに見つけられていく。
だから、待つ時間ができます。
その待つ時間が、なかなか落ち着きません。
記事の内容が悪かったのだろうか。
タイトルが弱かったのだろうか。
似たような記事が多すぎたのだろうか。
サイト自体に力が足りないのだろうか。
考え出すと、いくらでも不安は出てきます。
けれど、そこで毎回立ち止まっていると、何も書けなくなってしまいます。
SEOは大事です。
検索されるための工夫も必要です。
読まれやすいタイトル、わかりやすい構成、適切なキーワード。
そういうものを考えることは、ブログを続ける上で避けて通れないと思います。
ただ、そればかりを見ていると、文章を書く楽しさが少しずつ薄くなることもあります。
検索に好かれたい。
でも、自分の言葉でも書きたい。
そのあいだで揺れる日々があります。
インデックスされたい日々というのは、ただ検索エンジンに見つけられたい日々ではありません。
自分が書いたものが、どこかの誰かに届く可能性を信じて、今日も画面に向かう日々です。
すぐには結果が出ない。
反応もない。
アクセスも増えない。
それでも、記事は少しずつ積み上がっていきます。
ひとつの記事が見つけられなくても、次の記事がある。
今日の記事が読まれなくても、半年後に誰かがたどり着くかもしれない。
ブログには、そういう遅れて届く手紙のようなところがあります。
書いた瞬間には届かなくても、どこかのタイミングで、
検索の道を通って、誰かの前にふっと現れる。
そのとき、ほんの少しでも役に立ったり、気持ちに引っかかったりしたなら、
それだけで書いた意味はあるのかもしれません。
インデックスされたい。
検索されたい。
読まれたい。
そう思いながらも、結局は今日もまた、ひとつの記事を書く。
大きな成果はまだ見えなくても、ネットのどこかに小さな足跡を残していく。
ブログとは、そういう地味な作業の積み重ねなのだと思います。
そして今日も、公開ボタンを押したあと、少しだけ思います。
どうか、この文章もいつか見つけてもらえますように。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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