朝起きて、まず検索順位を確認する。ブログを書いている人なら、一度はそんな日々を過ごしたことがあるのではないでしょうか。
昨日より3つ上がっていれば、朝からコーヒーがおいしい。逆に5つ下がっていると、「何かやらかしたかな」と、前の日に書いた記事を読み返してしまう。私もずっとそうでした。
順位に振り回されていた頃
ブログを始めたばかりの頃は、順位の数字がそのまま自分の通知表のように見えていました。
10位から8位に上がれば小さくガッツポーズ。11位に落ちて2ページ目に行ってしまうと、急に記事の出来が悪く思えてくる。内容は何も変わっていないのに、数字ひとつで自分の気持ちが上下するのです。
アップデートの時期になると、さらにそわそわします。ツールを開いては閉じ、また開く。順位が動く理由を探して、SNSで同じ悩みを抱えた人の投稿を探す。今思えば、あの時間でもう1記事書けたはずです。
順位が下がった日に、ふと思ったこと
あるとき、自信を持って書いた記事の順位がじわじわ下がりました。
悔しくて、何が悪かったのかを考えるうちに、あることに気づきました。その記事の検索結果の上のほうには、ブログでもサイトでもなく、検索そのものが先に答えを見せてくれる表示が出ていたのです。
調べものをする側として考えると、それは確かに便利です。知りたいことがすぐ分かって、何ページも開かなくていい。私自身、普段はそうやって調べています。
「ああ、検索って、もう『リンクを探す場所』だけではなくなってきているんだな」
順位の数字ばかり見ていた私が、はじめて検索する側の目線に戻れた瞬間でした。
検索は「探す」から「聞く」へ向かっている
最近の検索は、キーワードを打ち込んで、並んだ候補から選ぶという形が少しずつ変わってきています。
- 文章で質問すると、まとまった答えが返ってくる
- 写真や声からでも調べられる
- 調べたいことの背景まで汲み取ってくれる
こうした変化を見ていると、検索は「情報を探す道具」から「相談できる相手」に近づいているように感じます。もちろん、これから先どうなるかは誰にも断言できません。ただ、検索する人の使い方がそちらへ動いているのは確かです。
それでもブログに残るもの
では、ブログはいらなくなるのでしょうか。私はそうは思いません。
答えを一言でまとめてくれるものはこれからも増えるでしょう。でも、人が本当に読みたくなるのは、答えの向こう側にある「その人の体験」や「迷った末の本音」だったりします。
- 実際にやってみて失敗した話
- 同じ悩みを抱えた人にしか書けない言葉
- 正解がひとつではないことへの、書き手なりの考え方
こうした部分は、まとめられた答えだけではなかなか伝わりません。「この人の話をもう少し聞きたい」と思ってもらえるかどうか。そこが、これからのブログの居場所になっていくのだと思います。
順位との付き合い方が変わった
今でも、順位はときどき確認します。数字は大事な目安ですし、見なくていいとは思いません。
ただ、見る頻度と、見たあとの気持ちが変わりました。
- 順位を見る前に、まず読んでくれた人のことを思い浮かべる
- 下がったときは、焦る前に記事を「読む人」の目で読み直す
- 検索の変化は、怖がるより「面白がる」ことにする
こうして肩の力が抜けると、不思議と書くことそのものが楽しくなってきました。順位に一喜一憂していた頃は、検索結果の画面ばかり見ていたのに、今は画面の向こうにいる読者のほうを見ている気がします。
おわりに
検索順位に一喜一憂する日々は、遠回りのようでいて、私にとっては必要な時間でした。あの頃に数字と向き合ったからこそ、「検索はこれからどう変わるのか」「その中で自分は何を書きたいのか」を考えるようになったからです。
グーグル検索の未来がどうなるのか、正確なところは誰にも分かりません。それでも、人が何かを知りたいと思う気持ちと、誰かの体験に触れたいと思う気持ちは、きっとこれからも変わらないはずです。
今日も、画面の向こうの誰かに向けて、自分の言葉で書いていきたいと思います。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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