たまにアクセス解析やサーチコンソールを見て、
少しだけ期待してしまうことがあります。
「あ、クローラーが来ている」
そう思うと、
なんとなく自分のブログが
検索エンジンに見つけてもらえたような気がします。
誰もいない部屋に、
やっと誰かが入ってきたような感覚です。
でも、そこで現実を見ることになります。
クローラーは来た。
けれど、読まれていない。
検索順位も上がらない。
アクセスも増えない。
記事はそこにあるのに、
人の目には届いていない。
これがなかなか寂しいです。
クローラーが来るということは、
少なくとも存在は確認されたということです。
でも、それは読者に読まれたという意味ではありません。
検索エンジンに見つかったことと、
検索結果で選ばれることは、
まったく別の話なのだと思います。
店に例えるなら、
地図には載った。
でも、まだお客さんは入ってこない。
そんな状態です。
場所は確認された。
でも、看板が弱いのかもしれない。
店の中身がわかりにくいのかもしれない。
似たような店が多すぎて、
通り過ぎられているのかもしれない。
ブログもそれに近いのかなと思います。
記事を書いた。
インデックスもされた。
でも、タイトルが弱ければクリックされにくい。
内容がぼんやりしていれば、
検索エンジンにも読者にも伝わりにくい。
自分ではちゃんと書いたつもりでも、
検索する人が求めている答えと
少しずれていることもあります。
そこがSEOの難しいところです。
ただ記事を置くだけでは、
読まれるところまでは届かない。
クローラーが来たというのは、
ゴールではなく、
まだ入口に立っただけなのかもしれません。
そこから先に、
タイトルを見直したり、
見出しを整えたり、
本文の流れをわかりやすくしたり、
検索する人の気持ちを考えたりする必要があります。
でも、これがまた地味です。
一気に結果が出るわけではありません。
昨日直したから、
今日アクセスが増える。
そんな簡単なものでもありません。
だからこそ、
クローラーだけ来て、
誰にも読まれない時間が続くと、
少し心が折れそうになります。
「この記事、意味あったのかな」
そう思うこともあります。
でも、そこで全部を失敗だと決めるのは、
少し早いのかもしれません。
クローラーが来ているなら、
少なくとも検索エンジンの世界には
記事が置かれています。
あとは、その記事が
読まれる理由を持てるかどうか。
検索した人が、
「あ、これを読みたい」
と思える入口になっているか。
読み始めた人が、
途中で離れずに読める文章になっているか。
その小さな部分を、
少しずつ直していくしかないのだと思います。
SEOは、
派手なテクニックというより、
見つけてもらうための地道な整備に近いです。
道を作る。
看板を直す。
中に入りやすくする。
読んだ人が迷わないようにする。
その積み重ねです。
クローラーは来たのに読まれない。
それは少し寂しい状態です。
でも、完全に無視されているわけではありません。
まだ読者のところまで届いていないだけ。
そう考えると、
直せるところはあります。
タイトルを少し変えてみる。
冒頭を読みやすくする。
検索する人が知りたいことを、
最初のほうに置いてみる。
関連記事につなげてみる。
そういう小さな作業が、
いつか読まれるきっかけになるのかもしれません。
ブログは、
書いた瞬間に読まれるものばかりではありません。
しばらく誰にも読まれず、
静かに検索エンジンの中に置かれて、
ある日ふっと誰かに見つかることもあります。
だから、クローラーが来たことだけで
喜びすぎる必要もないけれど、
落ち込みすぎる必要もないのだと思います。
読まれない記事にも、
まだ育てる余地はあります。
クローラーが来た。
でも、まだ読まれていない。
それは失敗というより、
これから整えていく段階なのかもしれません。
ブログは、
書いて終わりではなく、
見つけてもらい、
読んでもらえる形に少しずつ近づけていくもの。
そう思うと、
今日もまたひとつ、
過去の記事を見直してみようかなと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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よろしければ、
のぞいてみてください
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