サーチコンソールを見ると、
つい数字ばかり追いかけてしまいます。
クリック数。
表示回数。
掲載順位。
検索クエリ。
どれも大事なのですが、
見れば見るほど、
ただの数字ではないように思えてきます。
そこには、
誰かが検索した気配があります。
何かを知りたかった人。
少し困っていた人。
なんとなく調べていた人。
答えを探していた人。
その人たちの動きが、
小さな数字になって並んでいる。
そう考えると、
サーチコンソールは単なる分析ツールというより、
検索の向こう側にいる人の足跡のようにも見えてきます。
表示回数が多いのに、
クリックされていない記事があります。
それを見ると、
タイトルが弱かったのかなと思います。
検索結果には出ている。
でも選ばれていない。
これは少し悔しいです。
けれど、
まったく見られていないわけではありません。
検索エンジンには、
一応そこにいると認識されている。
あとは、
人がクリックしたくなる入り口にできるかどうか。
逆に、
表示回数は少ないのに、
クリック率が高い記事もあります。
こういう記事を見ると、
少しだけ希望があります。
検索している人は少ない。
でも、見つけた人には刺さっている。
それは、
大きな道ではなくても、
細い路地にちゃんと店があるような感じです。
SEOというと、
大きなキーワードを狙う話になりがちです。
でも雑記ブログの場合、
大きな道で勝つより、
小さな検索の中で見つけてもらうほうが、
現実的なのかもしれません。
サーチコンソールを深読みしていると、
自分が書いたつもりの記事と、
検索されている内容が少しズレていることがあります。
この記事はこの言葉で読まれていたのか。
この部分に需要があったのか。
自分では脇役だと思っていた言葉が、
検索では主役になっていたのか。
そういう発見があります。
ブログを書いていると、
自分の感覚だけで進めてしまうことがあります。
でも検索クエリを見ると、
こちらが思っていた道とは違うところから、
人が入ってきていることがわかります。
それは少し不思議です。
自分が作った小さな文章の森に、
知らない入口ができているような感じです。
SEOは、
正解を当てにいく作業でもあります。
でもそれだけでは、
少し息苦しくなります。
全部を検索ボリュームで決めて、
全部を順位で判断して、
全部を数字で切り分けると、
文章を書く気持ちが細くなってしまうこともあります。
だから、
サーチコンソールは答えではなく、
ヒントくらいに見たほうがいいのかもしれません。
この記事は少し届いている。
このタイトルは少し弱い。
このテーマは思ったより検索されている。
この言葉はもう少し掘れそう。
そんなふうに、
次に書く記事のきっかけを拾う。
深読みしすぎると疲れます。
でも、浅く見すぎるともったいないです。
サーチコンソールには、
ブログの現在地が出ています。
まだ誰にも見つかっていない記事。
少しだけ検索に引っかかり始めた記事。
思ったより長く読まれている記事。
タイトルを変えれば伸びそうな記事。
そこには、
ブログの弱さも出ます。
でも同時に、
小さな可能性も出ています。
雑記ブログは、
何を書いているのか自分でもわからなくなる時があります。
テーマが広くて、
記事も散らばっていて、
本当にこれでいいのかと思うこともあります。
けれどサーチコンソールを見ると、
その散らばった記事の中にも、
小さく反応しているものがあります。
その小さな反応を見つけること。
それが、
雑記ブログにとっての深読みなのかもしれません。
大きく当てる前に、
小さく届いているものを見つける。
完璧な戦略より、
少しでも検索されている言葉を拾う。
そうやって、
ブログは少しずつ形になっていくのだと思います。
サーチコンソールは、
冷たい数字の画面に見えます。
でもよく見ると、
そこには誰かの検索と、
自分の記事がかすかに出会った跡があります。
その小さな跡を見逃さずに、
次の文章につなげていく。
それくらいの距離感で、
これからもサーチコンソールを眺めていきたいです。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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